母の懺悔

2020年12月29日

親子にしても

夫婦にしても

身近になるほどにうまくいかないことで悩む人は多い。

もっとも心安らかに接しあいたい存在同士なのに。。。

かくいう私も、母とは連絡を絶っているし

息子から連絡が来ることはない

因果なものだ

そこを紐解けば

母は私に依存体質で

私がどう接し方を変えても

向こうは変わらないばかりか

トドメを刺してきて、すっかり嫌気がさしてしまった。

 

息子とは、子育て時期に

家族からの軋轢から身を守るために共依存だった(と、後で気づいた)

彼の苦しみはすっかり解離されているように見えるが

彼は男だし、内面の話はしないので本当のところは私にはわからない

娘たちとはこんなにも良好な関係を作れ、なんでも話し合えるのに

当時から、息子には不安ばかり。

不安を押し付けられてうんざりしたのだろう。当たり前だ。

家を出た後、父親の元に戻すような真似はするべきではなかったと

今頃思っても、すでに時遅しだ

まるで

永遠の恋人を慕いながら

決して叶うことのない神話のようです。

 

こんな自分をみていると

母の愛の恐ろしさ、執念を感じて

グレートマザーとはよく言ったものだと思うのです。

悲劇のヒロイン仕立てにすれば

余程な自己愛性パーソナリティ障害の出来上がりでしょう。

いや、少し自虐が過ぎたか。

 

母の息子に対しての相談というのも

たまにあって

最後の最後に表現としては、愛にかけていると気づく。

それは、私自身が息子に対する気持ちを

どうにもおさめたいのにおさめられない

矛盾した中にずっと居たから。

「何かしてあげられることがあれば、どれだけ楽か」

「この関係の中で、私が彼の助けになることなんてあるのだろうか」

そう呟き

何もないと改めて気づき

ため息をひとつつく。

私ができる唯一のこと。。。

 

彼は

誰にもコンテインされず

自分でコンテイニングしているのではないか

そんな言葉を聞くのもせつない

それでも救いは

彼は精神病は発症していない

幼い頃に確かに彼を愛した自分へのせめてもの慰めがここにある。

 

いつまでも未熟な自分